今までの人生ですごく好きだなと思った男の人が二人居る。具体的にどう好きかというと、食べ物を自分でよそうくらいならなにも食べないでいいってくらい食を面倒臭がる自分が、くだものの皮を剥いて食べやすい形に切り、この人に食べさせてあげたいな、という気持ちになるくらい好きだった。でも二人とも出会った頃には既にわたしではない女の人と付き合っていた。悲しいことだと思った。それだからか知らないけど、自分には「大切なものを失う不安」という感覚が昔から無い。大切なものが自分のものであった試しが無い。どんなに好ましく思っても好意の授受は成立せず、いたずらにわたしの中から流れ出てどこかへ消え、もし好意の生まれる場所が昔の人々が考えたように泉のような姿をしているとしたら、水が注がれないのだからすぐに枯渇する。むなしい泉の周囲に人気は皆無で、泉の中心に立つ水瓶を持つ天使の彫刻だったものは冷たく穢い苔の塊になる。愛に関してとことんツいていない人生だった。「愛に関してとことんツいていない人生だったけど、その代わりにいい映画とか小説とか音楽に出会えたから、そこはツいていたと思う」とこの間、人との会話の中で、発言した。
わたしはひどくボンヤリしているし、よそ見をしてばかり居るから、重要なサインに気づけないのだろう。いつもわたしが眠っている間に好きな人はほかの女の子とキスをしていて、目覚める前に手をつないでどこか知らない光の中へ行ってしまう。起きても部屋は真っ暗だから、まだ夜かと呟きまた眠る。一度でいいからみんながやっているみたいに好きな人に好きだと言う、ってやつをやってみたかった。
2015年10月12日
2015年10月6日
2015年9月21日
2015年9月14日
茶色や黒やぶちの子犬で一杯のショーウインドーの前に立ち止まり、君は子犬たちがとても可愛いことに気づく。一人前の大きさの犬に成長しない、子犬のままでいる犬が飼えさえすればなあと君は思う。君の愛着は控え目である。だからといって、君が生まれつき心の冷たい人間だというのではないーー君は何かと深く本質的に関わるということを欲しないのだーーいずれの場合も長続きしてきっかり二年というように君には思われる。どうしてそうなのか?君はある特定のものと深く結ばれる最後の段階に来て、もう行く時間だと感じるのだ。たとえてみれば、ゲストとして招かれた祝賀会の席で、主人役がもう一杯ブランデーはいかがかと勧めてくれたとき、不思議と素直に応じられないものを感じ取るのに似ている。愛想の限りを尽くして、君はそのように感じてはいない振りをし、楽しくて希望に満ちた雰囲気をできるだけそれまでどおりに保とうとし、「今後」への期待感を殺さないように努める。
ドナルド・バーセルミ「ドーミエ」
2015年8月17日
パルプンテというインディポップ・デュオの「透明人間」という歌を聴いた。以前、ヴォーカルの阿久津さんがアコースティックギターで歌っているヴァージョンをサウンドクラウドで聴き、そのときは、かわいらしいラヴソングだなぁ。と思った。歌いだしの「もっとわたしにさわって」という詞が耳に残った。あとYUKIが大好きなんだろうなって歌唱法なのに(なんかこういった意地悪い言い方しか出来なくて最低だけど言うまでもなくこれはいい意味)、YUKIっぽいドラマチックな展開が一切無い曲の構成でおもしろいと思った。
かわいらしいラヴソングだなぁ。をもうすこし詳述せんとすると、女の子が片思いしてでも相手はその恋心に気づかず、あああの男の子が触ってくれたらその手から伝わる熱とか、触れられたことに対するエロチックな快感で夢(具体的な悪夢では無いけれど、現実感の無さ/離人感を彷彿とさせる必ずしも快くは無い感覚)の世界からわたしの輪郭がくっきり浮かんでもっとしっかりなるのにな、みたいな、触覚的な遅咲きガールみたいな歌だなと思ったのであった。
が、このヴァージョンを聴くと印象が大きく変わる。「夢のそとへと導いて」という部分に於ける「夢」の「そと」/あとに訪れるのが朝でも現実でも無い。そういった対にある概念へ「導いて」欲しいと望むのでは無く、また次の、正確に言うならより高次の「夢」へ「導」かれることを望んでいる。さらに「もっとわたしにさわって」という詞の持つ強さは緩和され、光が辺り一面に溢れている状態を表す効果音のような電子音が「光にふれて」「光って」「光あふれて」という詞と呼応し、ひときわ大きく響く。「透明人間」である「わたし」は輪郭を欲するどころかもっと透き通って「光」そのものへと変容していく。しかし「光」となってもなお「もっとわたしをわかって」という声は谺し続け、そこに「金色の光があなたを包み込む」「思い出して 風の音を聴いて」「もう泣かないで もう大丈夫」という淡々とした語りが被さる。これがただただ“救い”なんである。光が昇天していくイメージを受ける。いい歌だと思う。きらきらした世界で光ってよかったね。
追記
youtubeにビデオクリップがあったので観たら、夜だったね…でも阿久津さんが光そのものになっていた。
かわいらしいラヴソングだなぁ。をもうすこし詳述せんとすると、女の子が片思いしてでも相手はその恋心に気づかず、あああの男の子が触ってくれたらその手から伝わる熱とか、触れられたことに対するエロチックな快感で夢(具体的な悪夢では無いけれど、現実感の無さ/離人感を彷彿とさせる必ずしも快くは無い感覚)の世界からわたしの輪郭がくっきり浮かんでもっとしっかりなるのにな、みたいな、触覚的な遅咲きガールみたいな歌だなと思ったのであった。
が、このヴァージョンを聴くと印象が大きく変わる。「夢のそとへと導いて」という部分に於ける「夢」の「そと」/あとに訪れるのが朝でも現実でも無い。そういった対にある概念へ「導いて」欲しいと望むのでは無く、また次の、正確に言うならより高次の「夢」へ「導」かれることを望んでいる。さらに「もっとわたしにさわって」という詞の持つ強さは緩和され、光が辺り一面に溢れている状態を表す効果音のような電子音が「光にふれて」「光って」「光あふれて」という詞と呼応し、ひときわ大きく響く。「透明人間」である「わたし」は輪郭を欲するどころかもっと透き通って「光」そのものへと変容していく。しかし「光」となってもなお「もっとわたしをわかって」という声は谺し続け、そこに「金色の光があなたを包み込む」「思い出して 風の音を聴いて」「もう泣かないで もう大丈夫」という淡々とした語りが被さる。これがただただ“救い”なんである。光が昇天していくイメージを受ける。いい歌だと思う。きらきらした世界で光ってよかったね。
追記
youtubeにビデオクリップがあったので観たら、夜だったね…でも阿久津さんが光そのものになっていた。
2015年8月11日
三つ歳の離れた兄が居る。日を跨いでしまったが、今日は彼の26の誕生日だった。26にもなれば珍しくもないが、誕生日は家族以外の人間と過ごす日で、今夜は彼も家を空けていた。わたしはいつも通り、20時過ぎまで会社近くのドトールで一服してからゆっくりと帰路に就いた。帰宅して、居間に掛かっている時計を見たのは確か21時頃だった。平生と変わらぬ、サラダと豆腐だけの夕飯を食べ、ビタミンBとCのサプリメントを摂った。それを見ていた母は無言で湯を沸かして紅茶を淹れ、冷蔵庫を開き、テーブルにケーキを置いた。母は家のドアを開くとわたしと兄とは違う世界に入り込んでしまうようで、あまりにも陳腐で安易な予想だけれど、それは恐らく彼女がもう何十年も見続けている「家庭」という夢の中だった。たとえばわたしは中学生くらいからケーキの種類ならチーズケーキがいちばん好きで、嫌いだったショートケーキも食べられるようになった。しかし未だに母が買ってくるケーキは3歳くらいの時分大好物だったチョコレートケーキであり、今夜目の前に置かれたケーキもきちんと、チョコレートケーキだった。という事実がその証左であろう。
主役不在の誕生日パーティーは瞬く間に終わった。存在しもしない家庭の中で母を演じる中年の女の人はたいへんに滑稽であった。滑稽は愚かとも言い換えられ、その愚かさは同情に値する代物であった。「その愚かさはわが同情を誘った。」と書かなかったのは、過去の自分のため、あるいは過去の自分への愛のため、彼女に対しほんのすこしでも同情することは禁止されたいたからである。故に飽くまでもわたしはただチョコレートケーキの味を感じるわたしとしてだけ存在し、架空の家庭も、娘という役割も、さらに言えばそれらを見守る観客という立場も無視した。母の人へ示せる唯一の愛は、それら夢の住人としての振る舞いを獲得することでは無い(わたしにそのような能力は備わっていない)。彼女から受けた数々の傷を詩的な言葉で飾るという営為ただそれだけである。
主役不在の誕生日パーティーは瞬く間に終わった。存在しもしない家庭の中で母を演じる中年の女の人はたいへんに滑稽であった。滑稽は愚かとも言い換えられ、その愚かさは同情に値する代物であった。「その愚かさはわが同情を誘った。」と書かなかったのは、過去の自分のため、あるいは過去の自分への愛のため、彼女に対しほんのすこしでも同情することは禁止されたいたからである。故に飽くまでもわたしはただチョコレートケーキの味を感じるわたしとしてだけ存在し、架空の家庭も、娘という役割も、さらに言えばそれらを見守る観客という立場も無視した。母の人へ示せる唯一の愛は、それら夢の住人としての振る舞いを獲得することでは無い(わたしにそのような能力は備わっていない)。彼女から受けた数々の傷を詩的な言葉で飾るという営為ただそれだけである。
2015年8月10日
2015年7月22日
会社自体に休みが無いので夏休みは交代で取る。そろそろ長期休暇が無いと心だけじゃなくて肉体的に死ぬ、つまり死ぬ。と思ったので先週末から休みを取った。なんとなく、タイに行こうと思ってタイに行くことにした。一人旅は初めてだった。一人で旅行すると告げるとみんなから過剰に心配された。理由はわたしがかなり駄目な人間だからです。
滞在期間は2泊4日。あっという間だった。宿泊したのはラムカムヘン駅前のホテルで、Wi-Fiが有料、アメニティがタオルと石鹸と綿棒くらいしか無い、という点を除けば、バスタブもありお湯も出るし、全体的な経年劣化は見られるが最低限の清潔感は心掛けていますよという気持ちは伝わり、良くはないけど悪くもないホテルだった。駅の下にスターバックスがあったのでWi-Fi使ってこましたるわいと思って入店したけど、Wi-Fi通ってなかった。でも、改札を出て右手にあるCHAO DOIというカフェにはWi-Fiが通っていました。ここもそうなんだけど、バンコクのWi-Fi使えるお店は、商品を買うと店員がパスワードの書かれた紙をくれたり、口頭で伝えてくれたりといったスタイルで、秘密の暗号っぽくてわくわくした(面倒臭いけど)。
観光という観光はほとんどしていない。ほとんどというかまったくしていない。ラムカムヘンは寺院のある区域からかなり離れていたからである。二日目、ラムカムヘンからバスに乗ってカオサン通り(犬の写真の下)へ行ってから大仏かなんか見学しましょうかしらね。と思ったけど、まずバス停の標識に書いてある停車するバスの番号と、ベンチの後ろに立っている壁に書かれているバスの番号とが異なっているし(タイのバスは1~200くらいまであった気がする)、そのどちらにも書いていないバスも平気で停まる。やっと乗ったと思っても、車掌さんは停車駅を一切言ってくれなくて、唯一持っていたガイドブックを開くと「勘を頼るか、地図を見て降りるしか無い」と書いてあり、ふざけるな、人を馬鹿にするのも大概にしろ。とメロスは激怒した。
1時間くらいバスに揺られて、もうここどこなんだろうとボーっとしていたら、見かねた車掌さんの男の子がタイ語で「どこに行きたいの?」というようなことを恐らく訊いてきて、「カオサン」と答え地図を見せたら難しそうな顔をなさるから、早々に諦めて、コップクンカー、バイバイ、と手を振り下車した。車掌さんもバイバイ、と手を振ってくれた(あとで地図を改めて見たら、方面としては間違っていなかったようだった)。結局タクシーに乗った。ぼったくりタクシーじゃないかメーターをぐんぐん見つめた。ぼったくりタクシーじゃなかった。でもタイのタクシーはあんまり安くない気がする。台湾なんかイケイケですからね、その点。
カオサン通りはバックパッカーの聖地だとかで、ウィード感が無くもなかった。ウィード柄のティーシャツが売られていたし。喉が渇いたため開けた造りのレストランとバーの中間みたいなお店に入り、ジントニックを飲んだ。そのあともバーを転々としてタイビールをはじめとした酒を飲み続け、身も心も大仏からは遠ざかっていったのであった。南無。
というような具合に、基本的に歩いては酒を飲み、屋台でご飯を食べ、酒を飲み、読書し、酒を飲んでいた。ビールなら酔わないので鱈腹飲んで食べた。写真にも撮ったが、バーセルミの『哀しみ』というかなり都会的な小説を読んでいた。音楽はオウテカをよく聴いた。徒歩以外の移動手段は、最初は電車に乗っていたが途中からバイクの後ろに乗せてもらう愉しみに目覚め(単純にタクシーのバイク版で、バンコク市内のナウなヤングたちはみなこれで移動していた。制服姿の女の子らは、月に腰掛けるみたいな塩梅でバイクに乗っていた。わたしはやはり怖いので、しっかり跨って運転手の肩に手を置いていたが…)、専らバイクを利用していた。
そういえば一日目に乗り換えでサイアムという駅で下車した。東京でいう原宿・渋谷ポジションらしいので東京下町のファッションリーダーとして要観察地域だなと思いすこし散歩することにした。駅前にサイアムシティ?とかなんとかいうお洒落ビルが2、3あり、通り沿いに服屋が並んでいる。が、本当にその一区画だけで、あとはいつも通りのタイだった。ちょっと油断すると廃墟があるし。ツイッターにも書いたけど、発展途上国なのでは無くて、国のお偉いさんから仕事として命じられるからビルを建てたり駅を整備したりしているだけで、便利であることとか自国が国際社会の規範に沿って発展していくこととかに対しさほど関心が無い、という印象を受けた。サイアムも、若者たちがニューヨークやらトーキョーみたいなの欲しがってるから、とりあえずこのサイアムシティ建てておくか、もうそれでいいじゃん?ねえ、いいよね、疲れたし寝させてね。という感をひしひしと感じました。サイアムシティ、4階くらいしか無いし。お店もあんまり入ってない。イッセイミヤケのバオバオが入っていた。あとディーゼルとかスーパードライ(アサヒでは無い)。プレイ・コムデギャルソンを着ている人が結構居た。あと、白いティーシャツに黒のプリーツスカートが流行っている模様。制服か?ってくらいみんな着てた。制服か?閑話休題。警察か警備員かそんな立ち位置の人が街にちらほら居るんだけど、みんな街路樹にハンモック張ったりベンチに寝転んだりして勤務中からグースカピーですよ。発展より睡眠ですよ。正しい。先述したバスの車掌をしている男の子も爆睡していて、お客さんが乗ってきても気づかず、運転手に棒でつつかれようやくお金を徴収していました。そしてそのあとまた寝ていました。
気づいたらすごく書いていた。わたしは目に入ったものにすぐツッコミを入れたり感想を述べたりしないと気が済まない気持ち悪い人間なんだけど、一人だったから会話でその時々の感想を消化出来ずこんなことになった。もっと書けるけどもういいや。タイはいい国でした。
もういいやと思ったけど最後に一つ。現実逃避しに来たわけじゃないけど、わたしはタイに居ながらも日本で生きているんだなと思い知らされた。なにも知らない土地や人を含め、この世界で生きていくしかないのだと。嫌なことだと思った。うんざりした。でも本を読んだりカメラのシャッターを切ったりしているときは、そういったすべてから隔絶された限りない自由を感じた。夢を見ている間だけ無垢で居られるのだ。
2015年7月6日
叶美香さんが好きだ。叶美香さんとか松井冬子とかああいった、でっかい美人が好きだ。美人がでっかいとその分美が世界を占める割合が大きくなるから嬉しいのだ。この二人にはいずれ「崖の上のポニョ」のグランマンマーレくらい大きくなって欲しい。グランマンマーレは救いだ。あんなでっかく優しく美しい人が海に居たら最高なのだ。世界のすべてをでっかい美人が抱きしめていて欲しい。ジブリってあんまり興味無いんですけど「崖の上のポニョ」という映画はとても素晴らしいですね。ジブリでいちばん好きです。わたしがかえる海にグランマンマーレが居たらいいと思います。叶美香さんの大きくて白くて柔らかくてあたたかい身体に抱かれて眠りてえ。うどん屋で光りてえ。猫を飼いたいと思っても家に帰って猫がにゃーんとしていたらそれはそれで不気味だと思うが、家に帰って部屋のドアを開けたら布団のうえに(わたしはベッドが嫌いで布団を敷きます)裸に薄いヴェールを纏った叶美香さんが横たわり「まあ、おかえりなさい」と言って微笑んでくれたら、もうそれだけで自分の人生は正しかったんだなと涙するだろう。このくだらない部屋を青い海で満たしてでっかい神様に抱かれて眠るんだ。
意外と大きい子犬と、まるくて舌触りの悪い豆腐。
才能が無いからどの台風もだめだった。喜びの数え方だけが天文学的だった。女は確かむかしサーカス団に入っていたかなんだかで、その舞台化粧の名残か、唇だけばかに赤かった。暗い夜道でもその唇は闇をはじいて赤かった。赤い唇はいつもわたしの聞きたくない言葉を知っているらしかった。聞きたくない言葉が煙になって電信柱に絡みついた。それを見た。浮浪者もそれを見ていた。足元の橋が崩れ落ち、きれいに額装されたすみれの花の絵が川を流れていった。それを見た。浮浪者もそれを見ていた。なにも続かなかった。いつも手紙をくれるときは、深い紫色の便箋を使う女だった。うまれてからただの一度だって、人を殺しちゃいなかったのに。
意外と大きい子犬と、まるくて舌触りの悪い豆腐。
才能が無いからどの台風もだめだった。喜びの数え方だけが天文学的だった。女は確かむかしサーカス団に入っていたかなんだかで、その舞台化粧の名残か、唇だけばかに赤かった。暗い夜道でもその唇は闇をはじいて赤かった。赤い唇はいつもわたしの聞きたくない言葉を知っているらしかった。聞きたくない言葉が煙になって電信柱に絡みついた。それを見た。浮浪者もそれを見ていた。足元の橋が崩れ落ち、きれいに額装されたすみれの花の絵が川を流れていった。それを見た。浮浪者もそれを見ていた。なにも続かなかった。いつも手紙をくれるときは、深い紫色の便箋を使う女だった。うまれてからただの一度だって、人を殺しちゃいなかったのに。
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