2015年2月23日

 麦が落ちて実を結んだ日に、わたしは明るい病室を出た。暗い廊下にある背もたれの無いアイボリーのソファに、母が座っていた。静かに編み物をしていた。わたしは隣に座って、考え事をしていた(苦味。音楽は完璧で美しい。その裏側で、男は水垢だらけの便器に向かって唾を吐いていたのだった。唾は、透明の液体の中に透明の泡がいくつも集まってうごめいていた。たった一つの光源によってそれらは、白く縁どられていた。わたしたちと同じ色、同じ成分の唾だった。唇からダラダラ垂れてなかなか離れない三滴目を、鋭く息を吐いて引き離した。唇の上で光る唾液をぬぐった。天井から下がっているレバーを引いた。唾液の浮かんだ水が流れていった。この夢がいちばん良かった。鳥のように自由だった。男は。男は一度も栄光を手にしたことの無い貴族だった。いつもサイズの合わない服を着ていて惨めだった。いつもサイズの合わない服を着ていて惨めだったのだろうか。ガラスは青く反射していて、もうなにも教えてくれなかった)。